サーバント・リーダーシップと渋沢栄一
サーバント・リーダーシップは,リーダーとしての高い志、ミッションやビジョンを持ち、フォロワーに尽くそうとする思いやりの気持ち「利他」が最初にきて、常にフォロワーがいちばん必要としているものを提供しようと努め、フォロワーと一緒にビジョン実現していこうとするリーダーシップ論(1)で、指示管理型リーダーシップの対極のものです。アジャイルでは、プロジェクトマネジャーが細かくチームに指示するやり方ではなく、チーム自身による自律的な活動が要求されるため、プロジェクトマネジャーの役割は、チームが自律的な活動ができるよう支援することで、サーバント・リーダーシップは必須となります。
サーバント・リーダーシップの考えを広めるために設立されているサーバント・リーダーシップ・グリーンリーフ・センター(NPO)の前所長のケント・ケイスは、彼の著書(2)の中で日本の歴史的人物の中のサーバント・リーダーとして、渋沢栄一を紹介しています。そこで筆者は、渋沢栄一について興味を持ち、渋沢栄一の生き方を学びたいと思いました。 渋沢栄一は,1840年現在の埼玉県深谷市の豪農に生まれ、幕末の動乱期には尊王攘夷論に傾倒しましたが、のちの将軍徳川慶喜に仕えました。27歳のとき、慶喜の実弟・昭武に随行し、パリの万国博覧会を見学するほか、欧州諸国の実情を見聞し、先進諸国の社会内情に強く通じることとなりました。帰国後は静岡で日本最初の株式会社である「商法会所」を設立して成功をおさめました。この成功に注目した大隈重信の説得で、明治政府に招かれ、のちの大蔵省の一員となり、国づくりにかかわりました。そして、1873年大蔵省を辞め,かねてから念願である民間ビジネスに全力を注ぐことになりました。日本初の近代的銀行である第一国立銀行を設立し、頭取に就任し、同行を拠点に株式会社組織による企業の創設・育成に力をいれました。また「論語と算盤」として知られる「道徳経済合一説」を説き続け、生涯に約500もの企業に関わりました。さらに約600もの社会・教育・文化事業の支援や民間外交に尽力し、1931年91歳で生涯を閉じました。彼の人生は順調のようですが、自ら述べているように、当然のことながら彼の人生は平坦な一本道ではありませんでしたが、ことごとく人生をプラスの方向へ転換できたのは、『論語』の教えを忠実に実行できたからであると述べています(3)。彼は『論語』を幼少のごろから学びはじめ、座右の書、人生の指南書として愛読し、その教えにのっとって事業を営み、また世のためにつくしました。 渋沢栄一の著書「成功する『心の習慣』」(4)の中で、「なぜ人は『この人のために』懸命に働くのか」の問いに対して、渋沢栄一は「『人に自分のベストを尽くさせる』ための王道がある。王道とは、賢明な上役がただちに実行すべき道である。たとえば、自分の部下に愛情を抱き,まごころと思いやり持って事に処するのが,すなわち王道の実践である。」と答えています。これが、まさにサーバント・リーダーシップの基本理念である「利他」の実践です。そこでサーバント・リーダーシップの特性と『論語』の教えとの関係を調べてみました。 ラリー・スピアーズが分類したサーバント・リーダーシップの特性(5)は以下の通りです。 ・「傾聴」:他者のニーズ・要望を聴く能力 ・「共感」:相手の立場・視点で相手を理解する能力 ・「癒し」:自分や相手の精神面や感情面に注目し悲しみや悩みを癒す能力 ・「気づき」:自分自身や他者・環境を認識する能力 ・「説得」:強制的なやり方ではなく相手に行動すべき内容を納得させて行動させる能力 ・「概念化」:夢や目指すゴールやビジョンの具体的なイメージを描く能力 ・「先見」:過去から学び,現実を見,未来への道筋を示す能力 ・「スチュワードシップ」:謙虚さと思いやりを持ち責任を持って高い成果を上げる能 力 ・「人々の成長」:人々の成長を助ける能力 ・「コミュニティ作り」:協調とコミュニケーション能力 これらの特性と『論語』の教えとの関連をみると、下記に示すように特性に関連した教えが見られます。 (里仁第四の十五)(6) ・忠恕(ちゅうじょ)思いやり->「利他」 (季氏第十六編)(7) ・九思の教 ①物事をはっきり見ること->「気づき」 ②人の話は詳細に聴く事->「傾聴」「共感」 ③温和な表情を保つ事->「癒し」 ④恭しい態度を保つ事->「利他」 ⑤誠実に話す事->「説得」 ⑥慎重に仕事を為す事->「スチュワードシップ」 ⑦不確かな事は確認する事->「気づき」 ⑧怒りを表す前に後の事に思いを致す事->「癒し」 ⑨利益を得る前にそれが道理に適っているか考える事 ->「利他」 (為政第二) ・視、観、察(8)->「気づき」「傾聴」「共感」 ・温故知新(9) -> 「先見」 サーバント・リーダージップを強化していくための方法として、渋沢栄一の生き方を見習い、『論語』を日常の指南書として学習と実践を続けることが有効であると思います。 以上 参考資料 (1)Robert K. Greenleaf:Servant as leader,1970 (2)Kent M. Keith:The Case for Servant Leadership,Greenleaf Center for Servant Leadership, PP.13-14,2008 (3)渋沢栄一(著)竹内均(編), 成功する『心の習慣』,PP.230,1997 (4)渋沢栄一(著)竹内均(編),成功する『心の習慣』,PP.105-106,1997 (5)Larry Spears,Michele Lawrence: Practicing Servant Leadership,,Jossey-Bass, PP.13-16, 2004 (6)渋沢栄一(著)加地伸行(編) ,論語と算盤, PP.297-299,2008 (7)渋沢栄一(著)池田光(解),渋沢栄一逆境を生き抜く言葉,PP.27,2011 (8)渋沢栄一(著)石川梅次郎(編),論語講義(1),PP.95-100,1977 (9)渋沢栄一(著)石川梅次郎(編),論語講義(1),PP.100-103,1977 以上 |
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